2007年入社
MY STORY
絶えざる
ポートフォリオ改革
当社が独立系企業として40年にわたって生き抜いてこられた理由。その核心には、新規顧客の開拓を通じた絶えざる顧客ポートフォリオ改革がある。数多ある企業のなかから潜在的な成長力をもつ企業を見出し、その成長ステージ――新卒採用や新規事業の開始、株式上場などの機会に応じて必要なコンテンツやサービスを開発・提供していくなかで我々は“総合的な課題解決力”を獲得しながら、より将来性のある企業からの受注比率を高めてきた。
また、事業別・メディア別のポートフォリオ改革もあり、採用PR→+CSR→+IR/サステナビリティへ、印刷→+映像→+Webへと、主たるメディアを時代に適合させてきたのも我々の歴史だ。そんな成長過程のなかに私も少なからず関与し、何かしら貢献できたのではないか、と考えている。
MY STORY
課題解決こそが
仕事
私が入社した10数年前、当社はまだ会社案内・入社案内などの「パンフレット屋さん」の域を超えていなかったと思う。なぜなら、私の採用理由は「前職で映像コンテンツを制作していたから」――。一昔前より、より簡便に制作できるようになった映像コンテンツのニーズが高まるなか、ブレーンセンターは映像スタッフの拡充を図っていた。YouTubeが立ち上がる数年前の頃だ。…と、これだけなら「映像スタッフ募集!」に応える普通の転職といえるだろう。私もそのつもりだった。ところが、入社して任された仕事は、ゼロからの新規開拓。え?聞いてない…。もちろん今ではそんな無法な採用は完全にNGだが、当時は「やるしかない」という時代だった。
当初は戸惑った私だが、それでも先輩に教えられたことを一つひとつこなしていくうちに、ブレーンセンターのDNAともいうべき開拓精神と行動力を身につけることができた。新聞、雑誌、Webサイト…数多ある情報源をつぶさに読み解き、社会の変化や技術革新のトレンドに対応できる有力な企業を探索する。また、新社長・新社屋・新事業といったライフステージ関連のトピックスを発信している企業に目をつける。そして、一社ごとに電話やメールでアポイントをとっていくのである。アポがとれれば、ニーズに応じてその領域に長けた先輩社員がプランナーとして同行してくれる。
そんな新規開拓、提案を繰り返していくなかで、重要なことに気づくことができた。同行したプランナーは、顧客の課題解決に向けてさまざまなメディアプランを提案する。そのなかで、映像メディアの効果や可能性に関しては私に話すよう促してくれるのだが、それはあくまで手段の一つだ。ブレーンセンターは、“映像を売りたい営業パーソン”や“映像をつくりたい映像人材”を求めているのではなく、“課題に解決策を示せる人材”を求めている――そこに気づいたのだ。
MY STORY
自分が考えたことが
商品・サービス
になる
それからは俄然、営業や企画が面白くなってきた。営業開拓を担うプランナーとしての経験を積むなかで、顧客の課題をいろいろな角度からヒアリングしていくなかで「どうしたらいいんでしょうかね…」といった言葉が出ると心のなかで「よっしゃ」と思うようにまでになったのだ。そして、これまで見聞きしてきた先輩の提案内容を踏まえ、映像を含めたさまざまな解決手法を示しながら具体的なコンテンツのプレゼンテーションまで突き進むプロセスは、自分が自分であることを最も実感する時だ。なぜなら、提案した商品・サービスは、すべて自分が考えたこと。つまり自分自身の市場価値を示すことだからだ。
MY STORY
お客様と社会に役立つ喜びを、次世代へ
それから10年あまり。提案するコンテンツは会社案内からCSRレポート、統合レポートへと広がり、メディアも動画を含めたWebサイトのリッチコンテンツ化などを進めている。また、かつての顧客との付き合いは今も続いており、時折「また相談がある。来てくれるか?」というお誘いを受けることがある。プランナーとしてはこれほど嬉しい瞬間はない。と同時に、企画部門のリーダーとして後輩の営業や企画をフォローする立場となった今では、彼ら彼女らが自らの能力と当社の知的資産を活かして、これからどんなコンテンツをつくっていくのか、どんなメディアを開拓していくのだろうかと大いに期待している。
ANOTHER SIDE
義父が著名な建築家であることもあって、「君も来なさい」とヨーロッパの建築物を見にいく機会がある。「印象に残ったのはバルセロナ。娘にガウディの建築を見せることができたのはよい機会になったと思うと同時に、ここがバルサの本拠地かと感激しました」。高所恐怖症であることに変わりはないが「これからもいろいろな国・地域の文化を踏みしめてみたい」と意気込みを語る。